いろいろあるみたいですけれど、だいたい一世紀と半分。
長いのか短いのかよく分からないんですけれど、
こうして伝道の働きに携わらせていただいていて感じるのは、
「このままでいいのかな?」って。
自分自身に厳しく跳ね返ってくる問いですけれど、
きっと皆さんがそれぞれの形で、そのことを痛切に感じておられるのではないでしょうか。
本当に様々なことを考えさせられました。
「未来がある事を信じたい。でも、本当に大丈夫かな?」とか。
「そんなことじゃないな」って。
「身内の心配なんかしててどーするよ」と。

説教塾主宰として、全国各地を飛び回っておられます。
加藤先生をそこまで突き動かしているものは、一体何か。
講壇に立っておられる加藤先生のお姿を拝見しながら、「立ち返れ!」と叱咤された気がいたしました。
FEBC特別番組「今日を問う」 日本プロテスタント宣教150年から考える 特設ページ
ともかく、主のために、今日やれる事を精一杯していくことが、
私なりの150年の振り返り方かなと思っています。
【日記の最新記事】


どうしてもキリスト教徒の人たちって、いつも不安に怯えているのですか?
そんなに信徒の数が激減していることが、怖いですか?
私は、牧師の説教やブログの内容を見るたび「どうしてみんな(信徒や教会の)数ばかりに注目するのだろう」と思っています。
信徒の数が減ろうが、教会がつぶれようが
いまいる、信徒が一人ひとり、キリスト者の自覚をもって、近隣の人と接しているだけ、十分伝道になりませんか?
そんなに仲間がほしいのですか?
焦っても、いい結果は得られないとおもいます。
もう一つ。
すこし話がずれます。
いくら教会がキリストの体だからと言っても教会を大切にしすぎる傾向が多くみられるように思います。
教会というハコモノを通さなくては、信仰が深まらないのは在る面から見れば正当ですが、そのハコモノにこだわりすぎリるのも問題だと思います。
その中間点で落ち着く、ということはできないのでしょうか。
ぜひ、この疑問にどなたかお答えくださればありがたく思います。