スタジオ近くの桜並木は今年も見事な景色を見せてくれています。
やっぱり桜と言えばソメイヨシノ、ですよね。
淡い淡い薄桃色の花、幹の色とのコントラスト。
そしてあっという間に散っていく儚さ…。
ソメイヨシノは、「オオシマザクラ」と「エドヒガンザクラ」の交配によって生まれたそうです。
実がならないために自力では次の世代を残せない、人の手によって接木されないと増えないという話を聞き、今年はより一層切なく、美しく見えるような気がします。
若い時は(…と言ってもまだまだ若輩者ですが。。。)あまり関心の無かった桜。
でも、なぜでしょうね。
年々その美しさと儚さに惹かれていきます。
散っていく花の儚さを人生に重ねた歌や詩はたくさんありますが、
詩編の中にもありますね。
「主はわたしたちをどのように造るべきか知っておられた。
わたしたちが塵にすぎないことを御心に留めておられる。
人の生涯は草のよう。野の花のように咲く。
風がその上に吹けば、消えうせ
生えていた所を知る者もなくなる。」
(詩編103編14〜16節)
わたしたちが花のように弱くはかない存在であることを、主が御心に留めておられる。
それって、どんな思いなんだろうって、ふと考えてみたら、
すごく切ない心なのかな…と。
そんな思いで私たちを、この私をご覧になっておられるのかな。
消えてなくなってしまうような私たちに、
復活の命を与えて下さる主のまなざしを思いながら、
散り始めた桜を見上げています。

